クラシックなフォルムに一目惚れして「いつかは空冷ビートルに乗ってみたい」と思っているものの、頭をよぎるのは現実的な不安である。「通勤や買い物に使えるのか」「高速道路は怖くないのか」「長距離ドライブで腰が痛くならないのか」──見た目の魅力と裏腹に、日常使いで本当に耐えられるのか疑問を抱く方は少なくないだろう。
もしも実際に街乗りから高速、長距離までの乗り心地を知り、さらに快適にする工夫まで把握できたらどうだろう。きっと「週末はビートルで出かけよう!」と胸を躍らせ、購入への迷いも解消できるはず。
今回は空冷ビートルのオーナーとしての実体験を交えながら、単なる憧れではなく「リアルに使える旧車ライフ」をイメージできるようお伝えしたい。
街乗りで感じる小回り性能と視界の広さ
まず驚かれる方が多いのが、街中での扱いやすさである。空冷ビートルはコンパクトな車体に加え、フロント部分が短いため、運転席からボンネットがほとんど見えない。これが「鼻先が消えている」ような感覚を生み、小回りのしやすさにつながっているのである。たとえば、狭い住宅街の交差点やスーパーの駐車場でも、現代のコンパクトカーに引けを取らない操作性を感じられるであろう。
さらに、目の前にある
フロントガラスと大きなサイドウィンドウのおかげで、視界はわりと開けている。信号待ちでの見晴らしや、歩行者の確認もスムーズで、旧車ながら安心感はあると思う。もちろん最新のクルマのようにバックモニターはないが、車両感覚をつかんでしまえば「むしろ運転がしやすい」と感じる方も少なくないようだ。
渋滞や短距離移動での快適性と注意点
一方で、渋滞やちょっとした買い物など短距離移動になると、現代車との違いが際立つ。空冷ビートルはエアコンが標準装備されていない。夏場は窓を開けて風を取り込むスタイルになる。炎天下の渋滞では「暑い」と感じることもあるだろう。走り出せば三角窓がフレッシュな風を車内に吹き込んでくれるのでわりと涼しい。
また、エンジンが後ろにあるため、アイドリング中は独特の振動と音が車内に響く。これをうるさいと感じる人もいるかもしれないが、オーナーにとってはむしろ「ビートルらしい鼓動」として、愛着につながる部分であることのほうが多いはず。
短距離での移動なら特に大きなストレスになることは少なく、逆に「今日はビートルでパン屋に行こう!」と気軽に使える楽しさがある。例えるなら、最先端の家電に囲まれた生活のなかに、あえてハンドドリップでコーヒーを淹れるような感じか。効率は落ちても「手間を楽しむ」ことで、普段の移動も小さな冒険に変わるのだ。
オーナーが語る「普段使いでの乗り心地」
実際のオーナーからよく聞かれるのは、「思ったよりも普段使いに向いている」という声である。確かに、加速や静粛性では現代車に劣るが、街乗りは特に問題なくこなせるだろう。現代車と比べるとボディサイズも小さいため、都心の狭い道路やコインパーキングでもストレスが少なく、普段の買い物やちょっとした送迎もしやすい。実際のところ、自分も普段遣いしていて、あまり不便を感じたことはない。
また、タイヤのハイトが高いため、衝撃を吸収しやすく、乗り心地が良いと驚く人も少なくない。特にいまは空冷ビートルといえどバイアスタイヤではなくラジアルタイヤを選ぶことが主なので、乗り心地も柔らかい。
実際に乗ってみるとクルマとしての機能を十分に果たし、「思った以上に現実的に使える」と感じられるだろう。本来クルマとは移動するための「道具」だったのだと気付かされる。まさに「必要にして十分」「ミニマリスト」「足るを知る」「単機能」といった感じだ。そして今となってはその不便に感じる部分こそが、旧車を所有し乗りこなす喜びとなる。毎日の中に「特別な時間」を作ってくれる、それが空冷ビートルの魅力の1つである。
高速走行時の安定性とエンジン音の大きさ
空冷ビートルで高速道路に乗るとより感じるのが、加速時に独特のエンジン音が後方から力強く響いてくることだろう。これを騒音と感じる人にはビートルは向いていないかもしれない。たしかに音は大きいが、赤ん坊はビートルに乗せると不思議と眠ってしまうと言われるほど、どこか心地よい音とも言える。音が大きいぶん走っている実感は強く、ドライバーと車が一体になったような感覚も楽しめる。
安定性については、速度を出しすぎなければ特に心配ない。車体が軽くタイヤが細いため、シトロエンの2CVほどではないが風の影響は受けやすい。100km/hを超えると少しふらつく感もなくはない。ちょうど自転車でもスピードを出しすぎると風にあおられやすくなるのと同じイメージだ。
高速道路でも90km/h前後なら安心して巡航できる。ちなみに1200ccでも140km/hは出る。しかし80km/hくらいで走るのが気持ちがいい。ビートルは「ゆったり走ること」を前提とした車であるため、焦らず余裕を持った運転がキャラクターにもあっているだろう。
1200ccだと高速道路の上りで少しパワー不足を感じることもあるが、1500cc以上であれば上りでもぐんぐんと登っていくし、後付のクーラーを使っても問題ない。空冷ビートルで遠乗りもしたいという人は、排気量も気にして選ぶとよいだろう。
長距離ドライブでの疲労度とシートの座り心地
長距離ドライブでは、シートの座り心地や振動の感じ方が大きなポイントになる。ビートルの純正シートはふかふかではなく、現代の車に比べると硬めだ。快適性を求めるなら座面や背中にクッションを置くなど工夫が必要かもしれない。長く乗ると腰が疲れやすいのでは?と聞かれることがあるが、これは柔らかいシートの日本車に慣れている人が多いため、そう感じるようだ。しかし実際は、硬いシートのほうが長距離運転には適しており、かえって疲れにくいとも言われている。
また、走行中の振動は現代車より多いものの、一定のリズムがあり「ガタガタ」というより「トコトコ」とした心地よい揺れである。高速道路を何時間も走るとさすがに疲れる。だが、その疲れは「機械と一緒に旅をしている」ような特別な充実感に変わる。工夫をすれば快適に長距離を楽しめる車、それが空冷ビートルの持ち味である。実際、私は横浜から山口まで空冷ビートルで何度も往復しているし、キャンプをしながら四国などを回ったこともある。
他の旧車と比べたときの走行快適性
空冷ビートルを他の旧車と比べてみると、意外にバランスが良いことに気づく。例えば同年代の小型イタリア車やフランス車、イギリス車は、デザイン性に優れる一方で整備が大変であったり、部品が入手しづらいことがある。それに比べてビートルは、世界的に愛された車だけに部品が豊富で、整備のノウハウも多く残っている。つまり維持しやすい環境が整っているのである。
快適性に関しても、同年代の旧車に比べると扱いやすさがある。たとえば、ミニは軽快であるが長距離では少し窮屈に感じるだろう。旧いポルシェはスポーツ性が強く、逆に長時間乗るとものすごく疲れてしまう。その点ビートルは「無理をせず、自然体で走れる」特徴があり、旧車初心者にとっても扱いやすく、安心感がある。言うなれば、「険しい山に挑むというよりも、ハイキングコースをのんびりと歩く」といったイメージだろうか。